神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世
帝国とシチリアの統合による脅威を恐れた教皇インノケンティウス3世は、フリードリヒ2世の支持を得た。フリードリヒはドイツへ進軍し、オットーを打ち破った。勝利後、フリードリヒは両国を分離しておくという約束を実行しなかった。ドイツ進軍前に息子のハインリヒをシチリア王にしていたものの、実質的な政治権力は自分自身のために留保していた。これは1220年にフリードリヒが皇帝として戴冠した後も続いた。フリードリヒの権力集中を恐れた教皇は、ついに皇帝を破門した。もう一つの争点は、フリードリヒが約束しながらも繰り返し延期していた十字軍であった。
