ローマ帝国
エデッサの戦い
254年、255年、257年に、ウァレリアヌスは再び執政官(コンスル・オルディナリウス)を務めた。257年までに、彼はアンティオキアを奪還し、シリア属州をローマの支配下に戻した。翌年、ゴート族が小アジアを荒らした。 259年、ウァレリアヌスはエデッサへ進軍したが、疫病の発生により多数の軍団兵が死亡してローマ軍の態勢が弱体化し、町はペルシア軍に包囲された。 260年の初め、ウァレリアヌスはエデッサの戦いで決定的な敗北を喫し、残りの生涯を捕虜として過ごすことになった。ウァレリアヌスの捕縛はローマにとって甚大な敗北であった。
