ズルフィカルパシッチ=カラジッチ合意
1991年7月、セルビア民主党(SDS)の代表者(SDS党首カラジッチを含む)と、ムスリム・ボシュニャク組織(MBO)のムハメド・フィリポヴィッチおよびアディル・ズルフィカルパシッチは、「ズルフィカルパシッチ=カラジッチ合意」として知られる合意案を作成した。これは、ボスニア・ヘルツェゴビナ社会主義共和国をセルビア社会主義共和国およびモンテネグロ社会主義共和国との国家連合の状態に残すというものだった。この合意はクロアチアの政党から非難された。イゼトベゴヴィッチは当初この構想を歓迎していたものの、後に合意を退けた。
