古代エジプト
ペルシウムの戦い
ポートサイド(旧ペルシウム)
この王朝(第26王朝)にとって不幸なことに、近東では新たな勢力、すなわちペルシャのアケメネス朝が台頭していた。ファラオのプサメティコス3世は、父のアフモス2世の後を継いでわずか6ヶ月で、ペルシウムにてペルシャ帝国と対峙しなければならなかった。 ペルシャ軍はすでにバビロンを陥落させており、エジプトは彼らの敵ではなかった。プサメティコス3世は敗北し、一時的にメンフィスへ逃れたが、最終的に捕らえられ、後にペルシャ王カンビュセスの首都スサで処刑された。カンビュセスはその後、正式にファラオの称号を名乗った。
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