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ビザンツ帝国

コンスタンティノープル包囲戦

626
ビザンツ帝国、コンスタンティノープル

ヘラクレイオスが開始した反撃は聖戦の性格を帯び、キリストの「アケイロポイエトス(人の手によらない)」画像が軍旗として掲げられた(同様に、626年にコンスタンティノープルがアヴァール・ササン朝・スラヴ連合軍の包囲から救われた際、その勝利は総主教セルギオスが都市の城壁周辺で行列を組んで運んだ聖母のイコンのおかげであるとされた)。 602年から628年にわたるビザンツ・ササン戦争のクライマックスである626年のこのコンスタンティノープル包囲戦において、アヴァール、ササン朝、スラヴの連合軍は6月から7月にかけてビザンツ帝国の首都を包囲したが、失敗に終わった。 その後、ササン朝軍はアナトリアへの撤退を余儀なくされた。この敗北は、ヘラクレイオスの弟テオドロスがペルシアの将軍シャヒンに対して大勝したという、別のビザンツ帝国の勝利の知らせが届いた直後のことであった。これを受けて、ヘラクレイオスは再びササン朝メソポタミアへの侵攻を指揮した。

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