By Codenteam
デュケイン砦への攻撃を急いでいたワシントンは、ブラドックが自分に王室の任官を認めてくれると確信しており、1756年2月にブラドックの後任であるウィリアム・シャーリーに、1757年1月にはシャーリーの後任であるラウドン卿に、自身の主張を強く訴えた。シャーリーはダグワージーの件についてのみワシントンに有利な裁定を下したが、ラウドンはワシントンを屈辱し、王室の任官を拒否し、カンバーランド砦の守備の責任を免除することにのみ同意した。
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