ヒースの保守党党首としての立場はますます危うくなっていた。サッチャーは当初、明白な後継者とは見なされていなかったが、最終的には新たなスタートを約束する主要な挑戦者となった。彼女の主な支持基盤は、議会の1922年委員会と『スペクテイター』誌であった。彼女は第1回投票でヒースを破り、ヒースは党首を辞任した。第2回投票では、ヒースが後継者として望んでいたホワイトローを破った。サッチャーは1975年2月11日に保守党党首および野党党首に就任し、ホワイトローを副党首に任命した。
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