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1989年天安門事件

趙紫陽が平壌から帰国

日曜日 4月 30、1989
中国、北京

4月30日に趙紫陽が平壌から帰国し、行政執行権を再開すると、政府の論調は次第に融和的になった。趙の見解では、強硬路線は機能しておらず、譲歩が唯一の選択肢であった。趙は報道機関に対し、運動を肯定的に報じるよう求め、5月3日から4日にかけて同情的な演説を2回行った。

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