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アッシリア

アナトリアのカルム(Karu)への最古の言及

2350年代 紀元前
メソポタミア(現イラク)

アッシリアはこの時期にはすでに小アジアでの貿易に深く関与していたようです。ハッティにおけるアナトリアのカルム(Karu)への最古の言及は、アッカド帝国の初期(紀元前2350年頃)を記述した後の楔形文字の粘土板に見つかっています。それらの粘土板には、ブルシャンダ(Burushanda)のアッシリア人商人が支配者であるサルゴン大王に助けを求める様子が記されており、この呼称は約1700年間にわたってアッシリア帝国全土で存続しました。「ハッティ」という名前自体、後の孫であるナラム・シンのアナトリア遠征の記録にも登場します。

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