現地時間の午後7時頃、キックオフの1時間前に騒乱が始まった。XセクションとZセクションにいたリヴァプールとユヴェントスのサポーターは、わずか数ヤードの距離にいた。両者の境界は仮設の金網フェンスと、警備が手薄な中央の緩衝地帯で仕切られていた。フーリガンたちは、足元の崩れかけたテラスから拾った石を境界の向こう側に投げ始めた。
キックオフが近づくにつれ、投石は激しさを増した。リヴァプールのフーリガンの一団がXセクションとZセクションの境界を突破し、警察を制圧してユヴェントスのサポーターに突進した。サポーターたちはZセクションの境界壁に向かって逃げ始めた。壁は逃げ惑うユヴェントスのサポーターの圧力に耐えきれず、下部が崩落した。
当時の報道や現在も多くの人が信じていることとは異なり、壁の崩落が39人の死の直接的な原因ではない。むしろ、崩落によって圧力が緩和され、逃げることができた者もいた。犠牲者のほとんどは、崩落前に転倒したり、壁に押し付けられたりして窒息死した。さらに600人のファンが負傷した。遺体は鉄製のフェンスの一部に乗せてスタジアムの外に運び出され、巨大なサッカーの旗で覆われた。警察や医療ヘリコプターが飛来した際、そのダウンウォッシュによって簡易的な覆いが吹き飛ばされた。
Zセクションでの出来事に対する報復として、多くのユヴェントスサポーターがスタジアムの自分たちの側で暴動を起こした。彼らは他のユヴェントスサポーターを助けるためにトラックを駆け下りたが、警察の介入によって阻止された。ユヴェントスのサポーターの大集団は、2時間にわたって岩、瓶、石を投げて警察と戦った。また、ユヴェントスのサポーターがベルギー警察に向けてスターターピストルを発砲する姿も目撃された。