甲申政変
1884年12月4日、日本公使・竹添進一郎の支援(日本公使館護衛兵の動員を約束)を得て、開化派は郵政総弁・洪英植が主催する新国家郵便局開局祝賀の宴を隠れ蓑にしてクーデターを起こした。宴には高宗国王のほか、親清派の事大党に属する多くの外国人外交官や高官が出席する予定であった。金玉均らは、清軍が騒乱を起こしたと偽って高宗国王に近づき、小さな景祐宮へ護衛し、そこで日本公使館の護衛兵の保護下に置いた。その後、彼らは事大党の数人の高官を殺傷した。その結果、改革案が公表される前の3日以内に、クーデターは清軍によって鎮圧され、清軍は日本軍を撃退して親清派の事大党に権力を回復させた。

